趣味一覧
2013年09月03日
月山登山3のつづき
大雪城を抜け、ガレ場がつづきだすともうすぐ頂上。こうべを上げれば山頂付近の眺めの良い場所で、一服しているほかの登山者がちらほら見え、気がはやるけど身体は動かないのでゆっくりと同じペースで踏破です。
この日は8月4日(日)で間もなく頂上ってあたりの時刻が正午過ぎでした。山頂の月山神社から少し離れた所で昼食をとっている方達がちらほら見えてきたあたりで、なんだか皆さんの様子がおかしい。。休憩してる方達が「ザワ・・ザワ・・・」してる。携帯を見る方、電話をかけだす方、立ち上がる方。。。我々の到着でザワついてんのかと思いきや。
宮城県沖での地震で宮城県中部震度5強発生とのこと。山頂も震源地から離れていてもけっこう揺れた模様です。すでに足元がおぼつかないので揺れを全く検知せず、でした。地震とともに山頂についたので、達成感などより地震の程度と疲労感が優先って感じに。昼食休憩場所を確保しつつ山頂でも電波は届くので、山頂からではどうしようもないけど情報収集し、大きな被害はなさそうなので昼食休憩。天気が良ければ日本海側に庄内平野を眺めつつ、平地からゴンヌズバーと立ち上がった鳥海山の素晴らしさをおかずにアルファ米を食べたのですが、この日はガスって絶景はお預けでした。
一服後、参拝料¥500払って月山神社へ。
宮司さんに祓い清めていただき、登山道で拾った古銭を納め、去年参拝に来た時の御礼と無事下山できるようお願い致しました。
月山神社の建立は推古天皇元年 皇紀1253年(西暦593年)と古く、初の女性君主の推古天皇と聖徳太子がいた時代です。祀られているのは月読命(ツクヨミノミコト)で、天照大神の弟神、スサノオの兄神にあたるとされています。文献によっては諸説ありますが、兄弟神の生みの親である伊邪那岐(イザナギ)は天(高天原)を天照大神に治めさせ、夜の国を月読命に治めさせたとされています。いつか山頂の山小屋に泊まって、月読命を思いつつお月見なんてしてみたいものです!
さあ、ここからは姥沢リフト乗り場まで牛首を通っての帰路になります。
ガレ場と整備された木道を、笑う膝をなだめつつ下り、牛首あたりで小休憩。
上の写真は去年(2012/09)の。
牛首も過ぎリフト乗り場が近づいてくると、さすが夏スキーで知られる月山。急斜面での残雪がすごい、一応トラ縄が張ってはありますがツルツルの斜面を下るというか滑り降りるように通過。ズックで下っていた方がいましたが、転びまっくてビショビショになっておられました。
上の写真は斜面を下から見たとこ、結構な斜度です。表面がカチカチのため、ツボ足もできませんので、トラ縄をしっかり握りゆっくりくだるのみ!です。
あとは、木道が敷いている整備された登山道がリフト乗り場までつづいて、リフトに乗って駐車場に到着!おつかれさまでしたー!帰りは山形県大江町のテルメ柏陵で温泉につかりHP回復。その足で寒河江市のワンタン麺の福屋にいきましたが、温泉につかり過ぎて時間切れでした。また次回の楽しみに!
おわり
2013年08月19日
月山登山、月山登山2のつづき
翌朝、下の階から出発準備の物音で目を覚ましましたが、寝床を出た時には大半の方達は出発されていて我々一行はのんびりと夕べの残りで作ったカレーうどんとスパゲッティを朝食にし、各自身支度、掃き掃除、キジ撃ち(スラングです)して月山山頂目指して出発!
昨日、通った道を分岐までもどり、また中腰で灌木のトンネルを抜ける。
その細く低い登山道の途中、膝頭くらいの高さに鳥の巣を発見しました。が。。
親鳥も建設中は登山者もなく安心して作ったんだろうけど、登山者にとっては三点支持しようと手を伸ばしたあたりにその巣があるのです。どうか巣立ちの日まで親鳥とその卵が無事でありますように!(←なんて書いてますが、登山に興じてる時に私の奥様は切迫早産で入院中。こんなこと言う資格ありません。すみません。。)
灌木がおわると、見晴らしのいい草原が広がり、ガスの切れ目から絶景が広がっておりました。
山羊はいませんがハイジの世界です。こんなとこで、ペーターが食べてたようなパンとチーズがあれば最高でしょうね。(宮崎駿先生絡みの食事はすべて美味そう)
草原にでるとニッコウキスゲ、イワカガミ、コバイケイソウなどが満開(写真撮り忘れました)の中、草原と巨大な岩が点在し、低地では見れない風景がとても素晴らしく神々しさを感じます。気温も大雪城と呼ばれる雪渓があるので涼しく、1800M付近はとても登りやすいです。
頂上が近づくにつれて足場には石が多くなりガレ場になります。その道すがら拾ったのが、これ!
「永楽通宝」という古銭です。室町時代から江戸初期あたりに流通していたようです。今回、登ってきた本道寺ルートは、今でこそ様々な参拝ルートができていますが、そのむかしは「出羽三山参拝の本道」として由緒正しい参拝ルートで、当時は行者の往来が頻繁だったようです。「もしかして、江戸時代に修験道を歩いていた行者さんがおとしたのでは?」なんてことを想像し、山頂の月山神社の賽銭箱まで持って行こうと、胸ポケットへ。
つづく
2013年08月10日
気力、体力ともに萎えに萎えたところにゴンヌズバーっと現れた雪渓と水芭蕉はひと時のカンフル剤(カンフルって強心剤だけど、衣装ケース、つづら、茶箱に入れる樟脳と同じだそうです。←本文と関係なし)。
ただし、雪渓がひろがった場所は登山道への踏み跡が見つけづらく右往左往し、三番目の雪渓に出くわした時点でPM6:00に。。泊り予定の清川行人小屋はすぐ近くなのは分っていても、踏み跡が見つけづらい状況で日没にでもなったらと考えると、ふぐりがギューンとなり、焦りを表に出さぬよう平静を装いつつ先に進むと小屋につづく小道と登山道整備のための肩掛けの草刈機を発見!一気に安堵いたしました。
小屋内部はこんな感じ
二階はこんな感じ
小屋には仙台の山岳会の方達、登山道整備の方達、関東方面からイワナ釣りで連泊している方が先に着いてて、挨拶をすませるとテキパキと寝床や食事するスペースを分けていただき、ウドとウルイの味噌汁までごちそうになり非常にありがたかったです。
夕飯は飯盒炊爨で最もベタで最も美味いカレーライス!
ビールで乾杯し、カレーでお腹が満たされると前日からの寝不足もあり、一人づつ寝床に吸い込まれ一気にに深山幽谷の静寂に包みこまれるかとおもいきや、総勢14人の雑魚寝では、いびき、歯ぎしり、うなされている方と賑やかなものでした。
9時間にも及ぶ行動時間、フルマラソンを終えたかのような達成感の中、眠りにつくのでした。(すみません。フルマラソン走ったことありません。イメージです。)
つづく
2013年08月09日
先週、土曜日にお休みをいただいて8月3・4日(土・日)で山形 月山登山にいってきました。
当初予定していた登山道(岩根沢コース)が7月からの雨による土砂崩れでクローズしてしまったので口之宮湯殿山神社 本道寺登山口~群界~横道~清川行人小屋泊~翌日 月山山頂~牛首~姥沢リフト乗り場という運動不足の私や初登山の友人にはかなりきついロングコースとなってしまいました。
本道寺地区の指定駐車場から口之宮湯殿山神社までの石段の時点でバテバテ(写真)。
神社の脇から登山口につづく道があるとのことですが、見つからずちょっとウロウロ。
登山口までの道は見つかったものの本道寺登山口までが遠い。一応整備された道をとことこ歩いていき登山口の看板を発見し少し安心する我々一行。(登山口に着いただけなのに・・)
もともと岩根沢ルートで登る予定をしていたので、この本道寺ルートの下調べも不十分な上、あまり使われなくなったルートらしく詳しい情報や登山口の写真が少ないので、西川町の山岳会のホームページを頼りに一夜漬けでのルート確認をしました。終始不安感は否めません。無人小屋の清川行人小屋泊予定でたっぷり時間は取っていたものの、背の低い樹木の下を背の高いザックを引っかけないよう中腰で登ることが長く続き、しんどい事この上ない。登山開始から7時間くらい経過すると皆押し黙って疲れもピークの模様。なにか欲しい、この雰囲気を打破し、足どりが軽くなるなにかが。。。
「着いたら沢水で冷やしたビールを飲もう!」
なんてことは、登山開始30分からずっと言ってしまっているのでフラシボ効果はすでになく、「重くなるんならビール持ってこなければよかった」とも思う始末。山賊の歌を歌ってみようと思っても歌詞忘れちゃったし。なんてことイロイロ考えていた時に目の前にでてきたのが雪渓と群生した水芭蕉(水芭蕉の写真撮り忘れ)、前半からずっと景色は単調だったのでここで出てきた雪渓と水芭蕉でモチベーション回復!!
つづく